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「オハイオ・e-ガイド」のページ
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Ohio e-Guide
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====================≪e-エリア・ガイド
≫===========*印は準備中
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⇒シンシナティ
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⇒デイトン
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⇒コロンバス(OH)
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*クリーブランド
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*トレド
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The
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====================≪オハイオ州案内図
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タウン・ガイドの都市(含む予定) |
空港
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補習授業校ほか
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アウトレット・モール
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国立公園ほか
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空港(⇒チャーター機空港一覧)
| 都市名 |
略号 |
空港名 |
年間乗客数 |
飛行状況 |
| Hebron |
CVG |
Cincinnati/N.Kentucky
国際空港 |
7,984,074 |
発着機
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| Columbus |
CMH |
Port
Columbus 国際空港 |
3,336,994 |
発着機 |
| Cleveland |
CLE |
Cleveland-Hopkins
国際空港 |
5,447,482 |
*到着機 |
*出発機 |
| Dayton |
DAY |
James
M. Cox Dayton 国際空港 |
1,303,779 |
発着機 |
| Toledo |
TOL |
Toledo
Express 空港 |
194,765 |
発着機 |
| Akron |
CAK |
Akron-Canton
地方空港 |
710,337 |
到着機
|
出発機
|
| Youngstown |
YNG |
Youngstown-Warren
地方空港 |
12,479 |
− |
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⇒印刷の手順
美しい自然と産業=オハイオ州
★栃の実とチョコレート ★美しい川と運河
★
栃の実とチョコレート
セイヨウトチノキ
(Buckeye) |
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セイヨウトチノキの実 |
オハイオ州のニックネームは「セイヨウトチノキ(Buckeye)」…日本では、街路樹の「マロニエ(フランス語)」として知られている木です。別名は「ウマのクリ(Horse
Chestnut)」…秋には栗のように実をつけるですが、苦くて普通にはとても食べられないそうです。
でも、皆さんは、近年の遺跡調査で、東北地方の縄文人が「トチノキ」の実をアク抜きして主食にしていたことが分かったというのはご存知ですか?日本の東北地方の気候に似てオハイオの秋は駆け足でやって来ます。白人が足を踏み入れる前の昔には、トチノキの林が広がるオハイオ州に縄文人と同じアジア系のインディアンが平和な暮らしを営んでいたことでしょう。
栃の実型チョコレート |
私も、さすがに、インディアンが栃の実を食べていたかどうかまでは聞いたことがありません。でも、セイヨウトチノキも食べ物にまんざら無関係ではなさそうです。英語名を直訳すると「牡鹿の眼」…オハイオ州では、ドングリマナコのような形状をした「栃の実型チョコレート(Buckeye
Chocolate)」が名物です。ミルク・チョコレートの中にピーナッツバターのキャンディーを一さじ垂らし、ピーナッツバターの痕跡が外からしっかり見えるように残して自然に丸く仕上げるのがこつ。直径は3〜4cm、いかにも「牡鹿の眼」そっくりでしょう?
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美しい川と運河
オハイオ&エリー運河(1902年) |
「オヒーヨ」=「美しい川」…南の州境を流れるオハイオ川とその上流のアレゲニー川(Allegheny=ペンシルバニア州)のことを、先住民のインディアンはそう呼んでいたのだそうですが、18世紀の末からオハイオに入植してきた白人開拓者にとって川は美しいだけはなく、荷馬車に頼らず簡単にものを運ぶことのできる大切な道でした。
現在のマイアミ&エリー運河
デイトン付近…ピクア(Piqua) |
1817年にハドソン川とエリー湖を結ぶエリー運河が開通、ニューヨークと五大湖が水路で結ばれるようになると19世紀の半ばにかけて運河建設の大ブームが起きます。オハイオはいち早く2本の大運河でオハイオ川と五大湖を結びました。なんと、ニューヨーク港からミシシッピー川河口のニューオリンズ港までが内陸の水路でつながったのです。
続いてアメリカの産業革命の幕が開きます。アメリカの工業はピッツバーグやバッファローなどとともに内陸水路沿いのオハイオ州の諸都市で発展します。ウィスコンシンやミネソタの鉄鉱石もアパラチア山脈の石炭も容易に手に入りました。必要なら、製品をニューヨークからヨーロッパに輸出することもできました。その結果、オハイオ州は、内陸部で最も人口密度が高く、全域にわたって都市化の進んだ州となったのです。
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五大湖周辺州の(往時の)内陸水運
| 主要運河名 |
全線開通 |
ルート(河川部分も含む) |
| エリー運河 |
1817 |
アルバニー(ハドソン川)〜バッファロー(エリー湖) |
| オハイオ&エリー運河 |
1827 |
ポーツマス(オハイオ川)〜コロンバス付近〜クリーブランド(エリー湖) |
| ビーバー&エリー運河 |
1844 |
ピッツバーグ付近(オハイオ川)〜ビーバー川〜エリー(エリー湖) |
| マイアミ&エリー運河 |
1845 |
シンシナティ(オハイオ川)〜デイトン(マイアミ川)〜トレド(エリー湖) |
| イリノイ&ミシガン運河 |
1848 |
セントルイス対岸付近(ミシシッピー川)〜イリノイ川〜シカゴ(ミシガン湖) |
| ワバシ&エリー運河 |
1853 |
エバンズビル(オハイオ川)〜ワバシ川〜トレド(エリー湖) |
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州ごとの民間資料を合成して作った図です・・・計画路線が混在している可能性もあり、詳細の部分で間違いがあるかもしれません(特にペンシルバニア州とニューヨーク州の運河が全て図の通りにつながっていたのか自信はありません)。歴史的に大きく活躍したのは、特に主要運河として表に載せた運河です。
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オンタリオ湖とエリー湖の間にはナイアガラの滝があり高低差が大きいので、ニューヨークと中西部が一体化するためにはハドソン川とエリー湖がオンタリオ湖を迂回してつながる必要がありました。
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ケンタッキーのルイビル付近には滝(Falls Of
Ohio)がありオハイオ川航行の妨げとなっていましたが、1830年にルイビル&ポートランド運河ができました。全ての運河が成功したわけではありません。
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イリノイ&ミシガン運河はシカゴが農畜産物の積出港として発展するのを助けました。ワバシ&エリー運河は、インディアナ州への入植者の流入を促進するのに役に立ちましたが、ビジネス的には失敗に終わったようです。いずれのルートも、19世紀半ば以降、並行して敷設された鉄道との競争に負け次第に閉鎖に追い込まれていきます。現存する運河は、ほとんどが観光用に使われています。
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