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2014年8月15日(第98号)


エボラ熱治療の最前線…切り札の未承認薬 "ZMapp"

 西部ケンタッキーのタバコ研究農園で開発中!!

 西アフリカで流行しているエボラ出血熱を食い止める切り札として、突然脚光を浴びている未承認薬 "ZMapp"。実は、当サイト管理人の私たちが住んでいるケンタッキー州の西部、人口6万人のオーウェンズボロ市のタバコ研究農園で開発されています。


"ぶっつけ本番"の救命投与


 "ZMapp"の最初の投与を受けたアメリカ人援助活動家(宣教師)のお二人は助かりました。下の動画は、患者がリベリアからアトランタのエモリー大学病院隔離病棟に運ばれるまでのものものしい防護体制を伝えるニュースです。

2014/08/01 ABC

 3人目のスペイン人神父さんは残念ながら亡くなってしまったそうですが、適正投与量も不確かな"ぶっつけ本番"の治療でも二人が致死率90%といわれる怖い病気から生還したのは、"ZMapp"に効果があったと考えてよいでしょう。

 後段で製法について説明しますが、"ZMapp"はサンディエゴのバイオベンチャーマップ・バイオファーマシューティカルが開発中の血清で、オリジナルな計画では予備試験の開始が早くて9月、効果が認められれば来年後半に本格的な臨床試験に入るはずでした。在庫はほとんどなく、使うとしても、どこの誰に優先的に投与するか難しい判断が求められていました。

 しかし、事態の進展は急で、緊急事態に対応するためにWHO(世界保健機構)は未承認薬の限定的な使用を承認マップ社は詳細を公表していませんが、全ての在庫を無償でリベリア政府に送ったようです。リベリア大統領が電話でオバマ大統領に依頼したと伝えられていますが、アメリカ政府としては政治的に決めるわけにはいかず、民間の判断に任せたというところでしょう。送付された数量も秘密です。


もうかる薬・もうからない薬


 さて、アメリカで患者が20万人に達しない病気はオーファン・ディジーズ(見捨てられた病気)と呼ばれ、もうけが少ないので製薬会社が積極的に薬の開発に取り組みません。エボラ出血熱の場合も、そうでした。

 しかし、マップ社が"ZMapp"の開発に取り組めるのは、オーウェンズボロのタバコ研究農園の長年の努力が実り、タバコの葉でガンや病気に効く免疫抗体を安く早く増殖させるシステムが完成したからです。

 ここで、少し戻ってそもそもの話ですが、"ZMapp"は、細菌やウイルス等の病原体を直接攻撃する抗生物質などの化学製剤ではありません。ガン化した細胞や病原体に感染した細胞を攻撃する免疫抗体=タンパク質が成分です。

 最初の血清は2012年にマップ社が開発。3種の免疫抗体を混合した血清で、エボラ出血熱に感染させたサルに効くことが確認されました。翌年には、カナダで別に開発された血清も成功しました。

 今回"ぶっつけ本番"でヒトに使用された血清は、この2つの血清からあらためて選りすぐった3種の免疫抗体をもとに製薬したものです。


製薬農業(Pharming)


 薬として実用化するには、抗体を増殖させなければなりません。例えば、インフルエンザ・ワクチンもタンパク質の一種ですが、ワクチン製造の半年前に生まれたヒナを厳重な衛生管理の下で育て、成鶏に産ませた受精卵にワクチン株を植え付けて増殖させるという気が遠くなるほど手間のかかる製造過程が必要です。

 これに対しオーウェンズボロのタバコ研究農園が追求してきたのは、遺伝子組み換え能力のある土壌細菌をタバコに感染させ、タバコの葉の中で薬効のあるタンパク質を作り、収穫する技術です。植物の製薬(Pharma)と農業(Farming)の掛け言葉で「製薬農業(Pharming)」とか「分子農業(Molecular Farming)」と呼ばれています。


苦難の10年


 オーウェンズボロの製薬研究は1990年代の初めに始まりました。喫煙者が減っていく中で、タバコ農家もタバコの製薬農業の発展に期待を抱いていました。研究で使用する細菌が漏れ出さないよう大規模な屋内農園が作られます。

 タバコは西オーストラリア原産の希少種で成長が早く、葉には水分が豊かで、研究目的で注入したものがすぐに全体に行き渡ります。19世紀にダーウィン一行が発見して持ち帰っただけあって、ガラパゴス諸島と同様に孤立した環境で進化し、免疫力が弱くあらゆる細菌に感染しやすいこともメリットです。

 今回のエボラ出血熱の薬の開発を支えたタバコ研究農園の前身は、オーウェンズボロで1995年にマラリア特効薬の開発に乗り出したバイオソースという会社です。その後ラージスケール・バイオロジーと改名し、2006年に倒産するまで、リンパ種など様々な特効薬の開発にチャレンジしました。研究は進んでいたのですが、政府の新薬認可手続きについてノウハウを欠き、経営的に破綻してしまったのです。


新薬開発の切り札?


 しかし、地元関係者の奔走でオーウェンズボロ病院が救済の手を差し伸べ、会社は2007年春にケンタッキー・バイオプロセッシングと改名し再出発しました。今度は、新薬開発のリスクを個々の製薬会社に委ね、タバコ研究農園は契約ベースで製薬農業の工程に専念します。

 マップ社がエボラ出血熱の新薬開発で協力を依頼してきたのは、その直後の7月のことでした。2010年の新型インフルエンザ流行の際には、政府機関から従来製法より早くワクチンを作れないかと照会がありました。将来は、新種のウイルスを迎え撃つワクチンの緊急生産に役立つ可能性もあります。

 タバコ研究農園は経営が安定し、売却されて、今年1月からは大手タバコ会社レイノルズの傘下に入っています。新技術による新薬で、本来なら長い臨床試験を経て承認されるところでしたが、エボラ出血熱騒ぎで突然デビューすることになり、新薬開発の切り札となる日が意外に早く来るのかもしれません。